【書評】『宗教の経済学:信仰は経済を発展させるのか』

さて、なんだか禁断な香りがしますが、宗教×お金シリーズとして今回は『宗教の経済学:信仰は経済を発展させるのか』をご紹介します。

別に何も悪いことはしていないのですが、なぜか宗教とお金について語ることはタブーな気がしてしまいます。(これって日本的な発想なのですかね?まぁ、本の紹介するだけですけども・・・)

まぁ、最近は〇〇×経済学といった書籍やセミナーなども増えてきたので、少しタブー感は減ってきていますが、それでもまだまだ多くはないのが実情です。

でもね、古今東西政治的にも経済的にも文化的にも宗教は切っても切り離せない歴史を人類は歩いているわけですよ。

多くの宗教で、基本的に偶像崇拝禁止としているのも拝金主義を戒めるという側面もあるわけですし。

また、エリートの中には敬虔なクリスチャンの方等とかいらっしゃったりするわけです。

果たして宗教を持つことがお金を持つことや稼ぐことにつながっているのか否か?って気になるところですよね。

一般人に研究の内容を伝えられても分かりづらいのですが、とりあえず分かったことだけまとめておきます(笑)

みなさんにとっても何か参考になれば幸いです。

マックス・ウェーバーの研究が下敷き

信仰は経済を発展させるかどうかは条件付き

正直、あんまり暴論は言いたくないのですが、簡単にいうとこの本はマックス・ウェーバーという社会学者さんの著した『

プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(通称プロ倫)という本がベースにあります。

興味のある人はぜひ読んでいただきたいのですが、結構難しいですし、ものすごく慎重に書いてある本です。

エッセンスをいうと、カトリックからのアンチテーゼで生まれたプロテスタントにおける天職の考え方などが近代資本主義の礎を築いたということにあるのですけれども。

キリスト教の中でカトリックは宗教儀礼も荘厳でプロテスタントができるまでは結構お金をバンバン使う側面もあった宗教のグループです。

これに対して、プロテスタントはそれに抗議した宗教グループで、簡単にいうと質素倹約!清貧に勤めて自分の仕事を全うする!!というものすごく質実剛健な考え方の人たち。(与えられた自分の仕事を全うする=天職というお話。)

経済が発展するということはGDPが上昇するってことだから、ある意味消費をするカトリックの方が経済的に発展しそうなものですが、ある程度コントロールされている「近代の」資本主義の生産と資本の蓄積には、プロテスタントの生活態度が影響しているという主張です。

節約ばっかりしていたら経済成長しないじゃん、と一見経済発展に結びつかないよね?という前提のもと、いやいやそうした人たちが一生懸命頑張った結果が今の欧米諸国のような先進国なのだよ、というお話です。

少しは説明できていますでしょうか?(笑)

とても逆説的なお話ということで、センセーショナルな説として今でも読まれる古典です。

で、この説に対して、著者の言いたいことっていうのはどういうことなのか?というと、経済が発展するかどうかはどうもいろんな条件がある、一概に宗教に熱心な人が多いからとか国教が定められているからといって経済発展するわけではないということみたいです。

何をもって信仰とするのかによって違うし、いわゆる信仰心の果たす役割は大きいようだが、国や宗教によってその様相は異なる、ということで簡単にいえば、マックス・ウェーバーの説をブラッシュアップした形になっています。

特に現代社会はイスラーム人口が増えているため、紙片としてもイスラム教についてかなり割かれています。

国や個人の階層によって様相は異なる

先進国と後進国、エリート層とそうでない層で状況が違う

さて、著者の主張は全面的に信仰が経済を発展させるわけではない、ということなのですが、じゃあ何が条件になっているのかというと、国家や個人間の格差が明暗を分けるということのようです。

経済が発展すると宗教への依存度は薄れるとのこと。

これは経済的余力があれば、宗教によって形成される相互扶助のコミュニティに依存する必要がなくなるということにつながります。

コミュニティの依存度が低くなる=教会のミサのような宗教行事への参加率が低下するとのことですが、他方優秀なエリート層の中には改宗する人たちも少なくなく、それは改宗によるリスクが上級層には小さいからというのもあるようです。(イスラーム圏などでは改宗によって仕事を失ったりする可能性もある。)

また、日本のように宗教的な行事に参加しないけれども、「悪いことをしたら地獄に落ちる」とか「お天道さまが見てるぞ!」みたいな考え方を受容する国では(これは著者は宗教的な信仰が強いと表現しています。)、こうした信心が経済成長の一つの原動力になっているとしていて、まぁ慣習レベルのことですけれど、不安を煽るのってやっぱり人を焚きつけるのに大事なんだなぁと痛感しました。

こうしてみると、国家間で経済的な力が違うことや個人間でも階級が分かれていることによって宗教に対する態度というのは大きく異なるようです。

宗教の法律や国の法律が経済発展を妨げる

欧米諸国の宗教への規制が経済的抑止につながっている?

本著作では、主にプロテスタントとイスラームについて大部分が割かれているのですが、プロテスタントが経済を牽引し、他方でイスラーム圏が経済的になかなか突出できないのは、イスラームの宗教上の法律等(=シャリーア)が関係していると述べています。

オスマントルコの栄枯盛衰の事例より、国家としての法律および宗教上の法律両方に縛られるとがんじがらめになってしまうということのようですね。

実際、断食の時期は生産性が下がるというデータもあり、経済に及ぼす影響は少なくないようです。(とはいえ、相互扶助の関係性を維持することが生きる上で得策である可能性もあり、金銭に換算されていない活動があるということではあるのですが・・・)

また、現在イスラームの移民が多い欧米諸国では、フランスにおける公立学校でのヒジャブ着用禁止やベルギーやオランダにおけるブルカの禁止などがイスラームの女性たち(=ムスリマ)の社会的活動を制限しているという話もありました。

こうした規制から女性たちが家にとどまる傾向にあるとのことだそうです。

まぁ結果的に社会で活躍するために慣れ親しんだ衣装を捨てるよりかは、家にいた方がメリットが大きいということでもあるわけですけどね。

ちなみに、ムスリマたちが特に外出時に身体を覆う衣装を身につけるのは、イスラームの聖典『コーラン(クルアーン))』の教えからですが、そこには「美しいところは隠しておきなさい」という表現しかありません。

この「美しいところは隠しておきなさい」というのは、男性の気持ちの昂るところという意味もあるので、嗜好の問題にもなってきて全部隠すのが無難みたいなところがあるんですよね。(それで女性側としても守られていると感じられるといいますか・・・。)

ですので、一概に女性蔑視というのも変な話ですし、男性が女性のどこをみて魅力的に見えるか、なんてなかなか可視化もできないので、服装は自由にさせてもらいたいものですね。

ぺこぱのこの漫才を思い出します、「こんなものがあるから、男が女を傷つける」というのはなかなかの名言かと(笑)

いずれにせよ、ルールがあることが良い場合もあれば悪い場合もあり、経済的発展を抑止する側面があるということですね。

個人に当てはめてみても、勝手にルールに縛られて成長が阻害されていたりするかもしれないので、注意が必要だなと改めて思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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