東証の歴史博士!石田さんと学ぶ、きんゆうの歴史♡第5回目レポート

2020年12月24日(木)に開催された東証の歴史博士!石田さんと学ぶ、きんゆうの歴史の第5回の参加レポートです。

今回は現代とは似ているような異なるような江戸時代の経済の仕組みについてでした。

東証(JPX)×きんゆう女子。の日本の経済史を学ぶやわらか歴史の勉強会も第5回となりました。

歴史ってやっぱり通史として古代〜中世〜近世〜近代〜現代へと流れで学ぶことで身に付くことってありますよね。

個人的に日本史を学んでこなかったので、経済を通じての一連の日本史を学べるのはとても楽しい体験になっています。

第一回〜第四回までの内容は以下の通りです。

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冬休みのおともにぜひ読んでみてくださいね(笑)

さて、歴史も一気に中盤戦ですが、江戸時代は意外にも高度な決済が行われていた!?そんなお話をまとめてみました。

楽市・楽座から同業者組合による取引へ

政府は弱く、商権が売買される市場が形成

江戸時代は、約270年間続いた戦争もない平和な時代・・・ではあったのですが、では人々の幸福度が高かったかといえばどうもそうではない、そんな時代だったそうです。

戦国時代が終わって楽市・楽座が自然消滅した結果、江戸時代に入って少しずつ日本全土にモノをゆきわたらせる市場が形成されていくことになります。

この大規模な市場の形成には時間がかかっていて、大坂・(京都)・江戸あたりを中心に市場が発達していったとのこと。

そして地方の市場も成熟していった結果、中央市場と地方市場が対立していくようにもなったそうです。(これは江戸後期のおはなし。)

いずれにせよ、重要なのは行政官が少ない当時は、再び商取引の場への政府の介入が少なくなり、安定した取引のために同業者組合が作られ、問屋制度が発達していくことになりました。

商権(商いを行う権利)自体も自由に売買できるものだったので、お店はつぶれては消えてといった状態でもあったそう。

これには、江戸時代の今にも通じるような?閉塞感が影響していたこともあったようです。

抜本的な物事の変化がないので、人々は目先の目新しさを求めたといったところもあるようですね。

商売は大阪中心!両替商が取引のつなぎ役

西と東で異なる通貨、両替商は実は銀行みたいなもの?

今はあまり何かを取引するときに、(価格などが決まっているので)相手の出方などをあれこれ考える必要はなくなっていますが、当時は相手の出方によって自分の行動を決めるということもあったよう。(1回1回の取引が命がけの延長線上で、売る人によって価格が変わったりしていた模様です。)

それゆえ、相手がどんな人なのかはモノを売る側もモノを買う側も気になったようで、信用できる相手かどうかは何よりも大事なこと!(もちろん、今でもそうですが、みんなちゃんとお金払うから経済が回っているわけですね。その点では江戸になっても大名などは踏み倒しなどをしていたようです。)

おまけに東は小判などの金、西は銀の玉を貨幣として活用していたそうで、おまけに銀は銀の重さによって金額が変わるという状態だったそうです。

とにかく、東西で使う通貨が違うということは、両替が常に必要だったわけで、両替商が活躍していたとのこと。

当時、物流の中心地は商人がもともと多かった大坂で、全国の市中のものは基本大坂に集められて、全国に流れるといった経路をたどっていたとのことでした。

それゆえ、江戸商人が大坂に買い付けにいくことが多く、大坂商人から商品を買うといったことが多かったようです。

しかし、当時東西で使う通貨が違う上、鋳造するための金や銀がそもそも量が少なかったので、いわゆる現金取引はほとんどなされなかったのだとか!

したがって、江戸商人が大坂商人からモノを買うと、とりあえずモノをやりとりし、現金はそこで取引されず帳簿に取引が記録される手続きがなされました

その後、大坂商人は逆手形と呼ばれる請求書と手紙を書いて、自分の信用する大坂の両替商に取り次ぎをお願いするそう。

直接江戸商人に請求するのではなく、両替商を通じてやりとりをするわけですね。

そして、(両替商同士は信用があるので)大坂商人は今度江戸の両替商に逆手形を送付し、江戸商人に料金を取り立ててもらう手続きに入ります。

そうして江戸商人は代金を支払うのですが、これも直接に現金払いをするわけではなく、預かっている預金から差し引くだけだったので、両替商はここでも帳簿上のやりとりだけで済ませていたとのことです。

ということで、今でいうところのキャッシュレス決済のようなものがなされていたんだとか。

経済インフラとしての為替決済機能がしっかり機能していたことは間違いないようです。(ちなみに両替商はこうした決済のための手数料もとって利益を得ていたようですが、これが一番の稼ぎ頭のシステムではなかったとのこと。何で一番利益を得ていたかは次回とのことで、めちゃくちゃ気になります!)

マネーリテラシーは必須科目!

高度な文章力と計算能力が立身出世と次世代への基礎に

こうした決済が頻繁に行われていたことから、決済記録をきちんとつけられることはもはや人生の必須科目だったようです。

少額決済であれば現金決済もあったようですが、そもそも現金となる金銀がないので、江戸に住む労働者階級も掛け(=ツケ)で日頃の売買をするのが常だったとのこと。

職人などの給与はだいたい知られていたため、その人によってツケができる範囲もほぼ決まっているとはいえ、(現物のないままに)勘定ができないと大変なことに・・・。

もし、後払いで精算ができなかった場合、二度とお店に入れてもらえないなどまさに死活問題

8代将軍徳川吉宗の頃に寺子屋がたくさんできたそうですが、寺子屋で習っていたのは面積計算や複利計算などかなり複雑な算術だったそう。

また、お金の決済のために手紙を出す機会が多いので、『庭訓往来』という挨拶などのお手紙の模範例集を見て読み書きできるよう勉強していたそうです。

これがのちのヨーロッパ型の近代化でも大きな基盤となるのですが、そのお話はまた次の機会に・・・とのことでした。

江戸時代は今よりずっと遅れている印象を持つ人が多いようですが、(私はそもそも知識がないので評価を持ち合わせず)かなり商取引としては高度なことをやっていたという点はやはり刮目すべきところなのかな、と思いました。

次回も江戸時代についてとのことですごく楽しみです。

日本史も経済を軸に見てみると、本当に注目すべきことがいっぱいあって興味深いなと思います。

たらればですが、こんな授業だったら日本史選択していたかもしれないなと思うほどでした(笑)

次回は一ヶ月後ですが、また参加レポートをまとめたいと思っていますのでみなさまもお楽しみに♪

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