石田さんと学ぶきんゆうの歴史♡第6回レポート〜江戸時代Part2〜

さて、金融のことがわからないけれど勉強したい!と思っている女性たちのコミュニティ、きんゆう女子。での歴史のお勉強会もはや折り返し地点。

JPXの石田さんの講師にお迎えして、江戸時代のお金事情を学んできていますが、今回はいよいよ江戸時代のお米の取引のお話へ!

実はこのお米の取引こそ、日本の相場の原点といっても過言ではない!?

そんな江戸時代のちょっぴりギャンブル要素も強めな米相場について学んできたので、みなさんと情報共有できれば幸いです。

ちなみに、前回までの回はこちら。

日本史全然好きじゃなかったのでとらなかった人なのですが、金融史という観点からいうと結構面白いな〜って思えてきました。

古今東西、結構みんな野蛮なんだなって最近思っています(笑)

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税金が課せられていたのは農民だけ!?

税金の概念が今とは全く異なる江戸時代

まず意外と知らない税金のお話から。

日本では豊臣秀吉が大閤検知を始め、面積に応じて米の収穫量を全国一律に計算し、1石・2石と数えて石高に応じて税金をとっていたそうです。

1石は簡単にいえば、1年間に成人男性が食べるお米の量。

税率はだいたい40%〜50%だったそうで、経費の概念などがない時代ですから、結構重い税金だった模様です。

なにより、定額の税金だったため、生産性があがったり収量比によっては税率は下がるものの、飢饉などがあればただでさえ食べられないわ税金でもっていかれるわで踏んだり蹴ったりといった様子だったとのこと。

おまけにもともとはコメの収量比がマチマチのために収入のブレを補整するために先物として米取引が行われていたため、米の価格変動が激しく、農民にとっては自然を相手にしつつ、自分たちの預かり知らぬところで米価格が暴騰・暴落するというなかなかにつら〜い状態だったようです。

当時、税金は神様(大地)から与えられる恵みの米からしかとらなかったため、実は町人には税金は課されていなかったんだとか。

(といいつつ、今みたいにモノが頻繁に売買されているわけでもなく、町人は町人で慎ましい生活だったようです。)

その意味では農民から取り立てた税金でインフラ整備などがなされていたわけですから、さすが米どころ日本といったところかもしれません。

余ったお米は大阪へ・・・

米切手による取引で現物からはどんどん遠く・・・

農民から取り立てられたお米は、まずは基本的に領内で換金されたり、実際のお米として取引されたそうです。

小さな藩などではたいてい領内で米がさばかれて、税金で取り立てたお米の一部は大名が商人に現金に換えてもらったり。

とはいえ、領内でさばけないお米もあるわけで、そうしたお米は大阪にある蔵屋敷に集められて中央市場で裁かれていたようです。

およそ300くらいの藩のお米が取り扱われていたようですが、価格などは入札方式で決まっていたのだとか。

あまり高くなりすぎても、日本国民の主食なので基本は裁定取引で庶民が買えないような価格にはならなかったようです。

とはいえ、高い値段をつけた人から順番に多くの割り当てがあったようで、入金をすると米と交換できる米切手を受けとれるシステム。

ここでも、かなり最初の方から現物を渡すのではなく、代わりとなるクーポン券を使っていたあたり、高度な決済システムが機能していたことが知られます。

でもですよ・・・米切手がいつでもお米を取り替えられる券だとして・・・

米の価格は常に変動しているとしたら・・・できるだけ米の値段が高いときに交換したいわけで・・・

というか、米切手を持っていても大量の米もらって売りさばくの手間だし、できるだけ現金欲しいわ〜みたいな人もいて・・・

そ〜んな状況から、結局のところ現物のお米を担保とした米切手の売買(=正米取引)なんていうのが大阪の堂島米会所ではスタートしたそうです。

で、最初はいちおうちゃんとお米という現物が存在することを前提として取引が成立していたわけですが、財政の苦しい藩などがやがてお米をとれたことにして、大量の米切手を発行しちゃうなんてことに!

今でいうところの地方自治体が発行する債券みたいなものなのですが、結局慢性的な赤字でもって借金がかさみ、久留米藩などはデフォルトを起こして藩お取り潰しになりかけたりも!(おまけに懲りずに2回もやらかしちゃったそうです。よく融通してもらえましたね・・・みたいな世界ですが、まだなんとなくこの時期も大名=武将で各藩は兵力を持っていたので、大名はいざとなったら借金は踏み倒せる!という態度だったみたいです。)

こうして金融市場の抽象化・高度化がより進んで行く結果に・・・。

日本人は世界1のギャンブラー気質!?

CFDの原型は米会所の米取引!

さて、お米という現物を背景として機能していた各藩の米取引ですが、お米がとれる時期はおおよそ決まっていますので、本当に現物だけを扱っていたのなら、取引所である堂島米会所は季節限定でもおかしくなさそうな勢い。

しかしながら、お米が欲しい人(例えばお餅屋さん)は早めにお米の買取をしちゃいたいし、お米の値段が決まっててくれた方が嬉しいので、お米が取れる前に将来とれるであろうお米の値段を決めちゃう取引も行われたそうです。

これを帳合米取引(空米取引)といい、まさに帳簿の上での先物取引が行われるようになっていきます。

こうなってくると、帳簿の上の帳面だけでの取引も可能だよね・・・?という話になり、期限を決めて米切手とお金の交換を契約する延売買、つまりはCFDのような取引も出てくるようになったのだとか。

レバレッジをかけた差金決済は当時すごく人気が出て、トータルの取引の中で帳合米取引は全体の9割くらいを占めるほどに・・・

意外と日本人ってギャンブラー!?な世界だったそうです。

しかも第二次世界大戦後、マッカーサーがやってきてなんと呆れた取引かと東証でNGとしたのに、大証でしれっと復活していたりとこのギャンブル魂みたいなものはまさにDNAに刻まれているレベル。

とかく、日本人は江戸の頃より高度な決済取引やお金のやりとりをしていたということがよく分かるお話でした。

先物取引などは他の国でもスタートしていたようですが、CFD取引のようなお金すら実際はないのにあることとして取引をするといった「ないものをあると考える」能力が日本人って卓越してるんだなぁ・・・としみじみ。

そういう点では自然全般に神々が宿っていて、死した霊もまた紆余曲折をはたしながら神々の序列に加わるかと思えば、輪廻転生して次の世に生まれ変わる的な発想も同時に持ち合わせている国民性のなせるワザなのかもしれませんね。(最後、すごい余計な一文、超がつくほどの個人的な感想を放り込んでおきます(笑))

次回はいよいよ渋沢栄一さんのお話etc.・・・、大河ドラマも始まりますのでますます見逃せないお勉強会になってまいりました。

みなさんも長い文章を読んでいただいてありがとうございます。この続きはまた来月に♪

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